ぶるぼーどTOP40

リアルタイムで聞いてきた“American Top40”のチャート&自分勝手なコメント☆
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  [ 1984年3月3日付(えっちぃなPVで話題?ドゥワイト・トゥイリー) ]
2014-03-03(Mon) 16:27:33
01/01「ジャンプ」ヴァン・ヘイレン
02/03「ロックバルーンは99」ネーナ
03/04「ハイスクールはダンステリア」シンディ・ローパー
04/05「スリラー」マイケル・ジャクソン
05/07「ノーバディ・トールド・ミー」ジョン・レノン
06/02「カーマは気まぐれ」カルチャー・クラブ
07/12「ウォッチング・ミー」ロックウェル
08/09「アラウンド・ユア・フィンガー」ポリス
09/08「レット・ザ・ミュージック・プレイ」シャノン
10/13「アイ・ウォント・ア・ニュー・ドラッグ」ヒューイ・ルイス・&ザ・ニュース

11/15「ヒア・カムズ・ザ・レイン・アゲイン」ユーリズミックス
12/06「ジョアンナ」クール&ザ・ギャング
13/16「ニュー・ムーン・オン・マンディ」デュラン・デュラン
14/10「イノセント・マン」ビリー・ジョエル
15/11「ザッツ・オール」ジェネシス
16/22「フットルース」ケニー・ロギンス
17/21「恋のハート・ビート」クリスティン・マクヴィー
18/23「ランゲージ・オブ・ラヴ」ダン・フォーゲルバーグ
19/20「歓喜の調べ」ジェイムス・イングラム&マイケル・マクドナルド
20/14「トーキング・イン・ユア・スリープ」ロマンティックス

21/27「オートマチック」ポインター・シスターズ
22/19「ロンリー・ハート」イエス
23/25「ディス・ウーマン」ケニー・ロジャース
24/28「ギヴ・イット・アップ」K.C.
25/31「アダルト・エデュケイション」ダリル・ホール&ジョン・オーツ
26/17「ランニング・ウィズ・ザ・ナイト」ライオネル・リッチー
27/18「忘れじのローラ」クリストファー・クロス
28/30「悲しみ色に染めて」シーナ・イーストン
29/33「危ないダンシング」リフレックス
30/34「レッツ・ステイ・トゥゲザー」ティナ・ターナー

31/35「想いは果てしなく」38スペシャル
32/36「ランナー」マンフレッド・マンズ・アース・バンド
33/38「ニュー・ソング」ハワード・ジョーンズ
34/39「ホールド・ミー・ナウ」トンプソン・ツインズ
35/40「ディスペレイト・タイムス」オリヴィア・ニュートン・ジョン
36/41「カム・バック・アンド・ステイ」ポール・ヤング
37/24「情熱のロックン・ロード」プリテンダーズ
38/43「RADIO GA GA」クィーン
39/47「ガールズ」ドゥワイト・トゥイリー
40/初「ミス・ミー・ブラインド」カルチャー・クラブ


【ニューエントリーこめんと】

☆「カム・バック・アンド・ステイ」ポール・ヤング
(Come Back And Stay / Paul Young)

>1956年イギリス出身のシンガー・ソングライター兼ミュージシャン。本名ポール・アンソニー・ヤング。
ジャッキー・リーによる81年の作品を、ポップ路線へと改良しトップ40デビュー。最高位22位というそれなりの成功を収めたのだが、当時はなんか一発屋臭が漂っていた気がしていたのだが、それが大きなマチガイだと気付かされるのは翌年の85年である。(スミマセン)

アルバム「何も言わないで」(No Parlez)に収録。
【試聴はコチラ】
(ジャック・リー)

☆「RADIO GA GA」クィーン
(Radio Ga-Ga / Queen)

>前アルバム&シングルによるセールス的失敗により、彼らの人気もこれまでかと思っていたワタシが、かの「ソニーMTV」のオープニングにて流れたこのロジャー・テイラー作によるこの楽曲を目の当たりにして、思わずそれを否定したあの当時。最高位こそ16位と、80年代初頭における全盛期ほどのヒットには至らなかったものの、楽曲さえ良ければまだまだ彼らもイケると踏んでいたのだが、オリジナル曲としては最後のトップ40ヒットとなってしまった。

アルバム「ザ・ワークス」(The Works)に収録。
Works.jpg
↑でも、アルバムに興味が向くまでには至らず…。(ゴメン)
【試聴はコチラ】

☆「ガールズ」ドゥワイト・トゥイリー
(Girls / Dwight Twilley)

>1951年オクラホマ州出身のシンガー・ソングライター兼ミュージシャン。
「アメリカン・ラヴ・ソング」(Precious To Me)のトップ40ヒットを持つフィル・セイモアもメンバーとして在籍していたドゥワイト・トゥイリー・バンドのリーダーによる、ソロ名義にての初トップ40ヒット。軽快なポップ・ロックが最高位16位まで上昇したのだが、75年にバンド時代の「アイム・オン・ファイア」(やっぱ最高位16位)同様一曲のみのヒットにて終了。トム・ペティがバック・コーラスを担当しているコトよりも、健康的でエロスなPVの方に当時は結構衝撃を受けたものであーる。

アルバム「ストリート・ジャングル」(Jungle)に収録。
【試聴はコチラ】
「アイム・オン・ファイア」

☆「ミス・ミー・ブラインド」カルチャー・クラブ
(Miss Me Blind / Culture Club)

>Hot100内初登場40位というド派手な演出は、当時いかに彼らの人気が高かったかを物語っているのだが、楽曲としてはそれほど秀でたポップ・ナンバーとは思わなかったのものの、最高位5位にまで上昇という破格のヒット。日本の文化を勘違いしたようなPVには苦笑いだが、それでもちょっと嬉しかったりするかも?

アルバム「カラー・バイ・ナンバーズ」(Colour By Numbers)に収録。
【試聴はコチラ】
音楽チャート1984年3月チャートTB : 0CM : 2
1984年3月10日付(ビッグ・アーティスト二人によるそろい踏み!フィル&ライオネル)HOME1984年2月25日付(ツンツンヘアーの新人、ハワード・ジョーンズ)

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